新スタッフsoraがエジプトの日常をお届けします。

8月11日から14日までエジプトでは、イード・アル=アドハー(注1)のお休みでした。その間、アトリエも一週間お休みとなりました。


エジプトは、この時期みんな田舎に帰ったり、家族に挨拶に行ったりなどお正月のような一週間であり、仕事が止まってしまう一週間でもありました。


そして、私もお休みということで田舎へ行ってきました。以前住んでた町ダミエッタ(注2)です。ここは、友人家族がいつも快く泊めてくださるので遠慮なく。そして、現在エジプト滞在中の日本人女性を1人連れて行ってきました。


土曜日、犠牲祭前日。

牛や羊が家にやってきます。

一階の入り口につながれた牛たち 。

一階に繋がれているので、もう外へは出れません!(牛と羊の横をすり抜ける勇気はなかった)次の日、悲惨な状態になる牛や羊と子供達は一晩中遊んでました。
日曜日犠牲祭です。お肉屋さんが朝に来るからと言われ、みんな9時頃から用意を始め10:00くらいにトラックに乗ったガッザール(肉屋)やってきました!
肉屋到着!家族が下に降りて待ち構えてます 。

まずは牛から、屠殺!見ていなかったけど、牛の声は一声もなく大量の血が流れている状態でした。みんな口々に「イラーイラッラー」と言っていました。


屠殺したその後の写真

そして、このお肉を分けて欲しい人たちが続々と家の前に集まってきます。ガマエーヤ(NGO)の人もトラックに乗り、肉を集めて回っています。

家族もみんなに配る肉をビニールへ入れていきます。ちゃんとはかりを使って、どれだけあげたかメモしています。

意外にも、もらいに来た方たち、まだ貰ってないよー、俺にもくれよ!って主張してきます。家のベルも鳴らして訴えます。ちょっとびっくり。もらうのに主張するんだーって。これには、家族も今分けているから30分待ってとか答えていました。
そして、この日からお昼ご飯は肉、肉、肉の日々です。便秘になりました。まずは、キモ(キブタ)を食べ。キモは、美味しかったです!次の日は、ファッタ(肉の塊とスープとご飯にカラカラに乾燥したパン)また次の日、肉の塊、脂肪付き。美味しいが、野菜が欲しい!と、便秘の道へまっしぐらでした。
初の犠牲祭でしたが、日本でいうお正月的な感じでいろんな人に会えて楽しかったです。屠殺は、もういいかな。肉は美味しかったけどね。

近所の海辺の街へ


↑ポテトなど移動販売が海と砂浜の境目くらいを移動する。
みんな海を見ているので、目の前にポテトなど現れ、買ってしまう現象を狙っているんだと思う。賢い!

注1:イード・アル=アドハー(犠牲祭)とは:イード・アル=アドハーعيد الأضحى 、Eid ul-Adha)はイスラム教で定められた宗教的な祝日イブラーヒーム(アブラハム)が進んで息子のイスマーイール(イシュマエル)をアッラーフへの犠牲として捧げようとした事[1]を世界的に記念する日。ムスリムラマダーン明けのイード(祝祭)の1つである、イード・アル=フィトルと同様に、イード・アル=アドハーは短い説教をともなう祈祷フトゥバ)から始まる。イード・アル=フィトルより長期間にわたるため、大イードなどとも呼ばれる。また、日本では犠牲祭と意訳される。(ウィッキペディアより)


注2:ダミエッタ(アラビア語では、ドゥミヤートと発音します)は、カイロから北へ200キロ程に位置します。スエズ運河のあるポールサイードのお隣の県です。ナイルと地中海の合流地点でもあります。夏の期間はラーセルバルには、多くのエジプト人がアパートを借り、海の近くで過ごす避暑地のような場所でもあります。